投稿

4月, 2022の投稿を表示しています

「ありのままの自分」への幻想

 「ありのままの自分を認めてあげよう」 自己肯定感などについて悩んだり、調べている時、よく目にするフレーズだ。 このフレーズ自体は、とても正しいと言える。 自己肯定感とは、 「自分はこれだけ能力が高いから立派だ!」 と肯定する、という意味ではない。 「自分はこういう駄目な所もあるけど、そういう自分でも大丈夫だな」 という感覚を指す。 その感覚に至るには、直視したくなかった「ありのままの自分」を直視し、その上で「大丈夫だ」と思えるようになる必要がある。 「愚かな人間は嫌いだ」と思う人は、自分の愚かさを受け入れられない。(自分は愚かだから嫌いだと苦しむor自分は他人と違って賢い!! という幻想に囚われ、他者と衝突する) 「創作ができない人間に価値はない」と思う人間は、創作に取り組んでいない時の自分を否定し、苦しむ。 「モテない人間はカッコ悪い」と思う人間は、自分のモテなさが我慢ならず、それは他人に見る目がないからだと攻撃する。 など、自分の苦しさの原因は、大体の場合、 自分自身の思い込み から来ていたりする。 (それが元々は親や教師から受けた仕打ちによるものであっても、大人になった自分には、それを変えて行くだけの能力がある) 自分の吐いた唾が自分に返ってきても耐えて、自分の、受け入れられない苦しい部分を直視した結果、 「自分は期待していたほど賢くはないようだが、自分に愚かな所があっても、その都度改めていく意識はあるのだから、まあ大丈夫か」 「自分は今創作をする元気がないが、創作以上に、自分の健康やキャリアの方が大切だな」 「自分はモテないが、モテなくても同性の友人はいるし、人生に楽しみがあるからまあいいか」 など、より合理的な認識を持ち、生き方を楽にしていくことができる。 自分で 「ありのままの自分」を認め、受け入れることは、大切なのだ。 前置きが長くなった。(できるなら3行ぐらいでパパッと説明してぇ~と思っている) ここまでは誰でも一度は聞いたことがある話なのでは、と思う。 今回私が話したい本題は、この価値観を下敷きにした上での話だ。 最近気が付いたのだが、なんだか、人間の多くの個体において、 他人が、 「ありのままの自分」を認め、受け入れることは、大切なのだ。 と思ってしまうという バイアス があるのではないか…??? という話だ。 このバイアスは、大別すると2パタ

「言語化できるようになりたい」とは、どういう意味なのか

なんだかここ数年お若い方が「言語化できるようになりたい」とよく言うようになって、たぶん流行りみたいなものだと思うんですが、知的欲求の形が「知りたい」ではなく「語れるようになりたい」というアウトプットに向かうのは何かを象徴しているなと思う。 — ジロウ (@jiro6663) April 13, 2022 ツイッターでこのようなツイートを拝見した。 ツイートをされているのはジロウさん(中井 治郎さん)という方で、社会学者さんだ。 よく面白いツイート(特に京都に関するもの)がバズって回ってくる方というイメージで、印象に残っている。 私はこのツイートを見ながら、まず 「あぁ~そういう傾向あるよね!」 と共感した。 かくいう私も「言語化できるようになりたいな~」という願望を抱えたオタクだった。 ツイッターでのオタク界隈は、古の「おたく」のイメージに反して「言語化が苦手」という人が多く、そのため作品制作によって感情を発散したり、感情表現が大雑把で極端な物になったり、叫び声やミームに頼ってコミュニケーションを取る人が多い。 そういう人間が、自分の考えを代弁してくれるような明晰なツイートを見、自分と比較して気づくことが、 「そうか、自分には言語化能力がないんだな…!!!」 という事実であったりする。 そういう「流行の波」は、確かに今のツイッターにはあるのではないか? と私は考えた。 でも、それを学者の人が言うのって、 神絵師が、 「どうして絵が描けない人って「絵の描き方を知りたい」とか「絵が上手くなりたい」とかじゃなくて、「神絵師になりたい」って言うの???」 と言ってしまうような 、人のコンプレックスに右ストレートを打ち込むようなセリフじゃないですかぁ!? と、少しだけ私はドギマギした。 (※「神絵師」という表現を私はあまり肯定的に見ていないが、「憧れの対象」という文意を伝えやすいと思ったため、今回はそのまま使っている。ご了承いただきたい) 元・言語化苦手なオタクによる反発心が出てしまった。 実際には、このツイートによってコンプレックスを刺激される人は存分に刺激されて、その反発心を言語にしてみれば良いのだと思う。 前後のツイートなどを見る限り、ジロウさんの考えとしては 「言語化したい」というアウトプット欲求の前に、本来であれば「知りたい」というインプットの欲が存在しているは