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カップリングって…なんなんだ…?

最近、「カップリングって何なのかな…」みたいなことを考える機会があり、 結論は特に出なかったのだが、それについて考えたことをメモとして記していく。 一般論として、カップリングという概念は、キャラクター二人を 恋愛関係 として表すための同人用語、らしい。 また一般的にはキャラクターの並び順は「攻め」「受け」という概念で固定さており、攻め×受け、という表記がされる。 「攻め」と「受け」は挿入の方向性(攻めが挿入する側、受けがされる側)で決まるという解釈が一般的に採用されがちだが、感情の向きでのカップリング表記が採用されることもある(女性キャラの側が恋愛感情が強い男女カプにおける、女性キャラ×男性キャラ、など) このキャラクターの組み合わせには萌えるが、左右は不定(リバと呼ばれるパターンもある)という場合もある。 私の場合の使用法について自分で思い返して、メモをする。 私の場合、 二次創作作品を描くとき、 原作沿い・原作の関係性の中でありえる話・恋愛感情などが面白さの主題や前提になっていない話を描くときは、カップリング萌えしている二人であってもカプ表記をつけない。 自分の願望としてカップリング要素を自ら入れている自覚がある、原作の関係性から変化があった後の話、恋愛要素を楽しんで欲しい、と思った作品の時は、カップリング表記をつける。 ここまでは、作品に付けるラベル、需要と供給のマッチング、のような話だ。 そして、ややこしい事なのだが、原作作品への感想としては、 「ここに巨大感情がありましたよね」 という感想の表明として、カップリング表記を使う。 (それは必ずしも「この二人付き合ってるよね」とか「セックスしてるよね」みたいな意味ではない。巨大感情である) これが「恋愛感情」に限らない点には自分の趣味が関係しており、 私は性格がとても悪い邪悪なラスボスキャラが好きなのである。 到底人間を大事にしたり恋愛関係になってそれを楽しんだりはしそうにないキャラが好きなのである。 だが、 そういうキャラクターと思想が全然相いれない敵対的間柄の光属性主人公のカップリング、良くない!?  と思ってしまうのが私なのだ…。 この場合、カップリング表記をしたとしても、まず「恋愛関係」にはならない。 だが、自分が「原作の枠を超えて、この二人がどうにかなってる様を見て見たい!!! お互いの思想の違いをぶ...

【日記】旅行先で鍵を失くして鍵屋を呼んだ話【備忘録】

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※今回の話は 北海道旅行 の後日談です!! なんやかんや、私は家の鍵を失くしたことがなかった。(過去形) 自分が物をなくしやすい気質だという自覚はあるので(実際に、タクシーにスマホを置いて行ってしまい、公衆電話からタクシーに電話したことがこの一年で三回ほどある)、 部屋の中で行方不明にしないように、家に帰ったら鍵はドア裏のフックに掛ける、 出かけた時は服の特定のポケットに鍵を入れる、 落ちたら気付くような大きめのキーホルダーを付ける、 などの事を徹底して、鍵をなくさないようにしていた。 旅行に行く直前、鍵をどこに入れておくか…? ということで悩んだ。 落とす可能性も考えて、鞄の中のどこかに入れておこうか…と思ったのだが、 今まで落としたことが無いし、どこに入れたかを忘れるのも怖いと思い、 普段通り上着のポケットに入れることにして、旅に出発した。 旅行を楽しんで、空港で、何か食事でも取ってから帰ろうと歩いていた時。 「落ちましたよ」親切な人に声をかけられて、旅行先で見に行った施設のチケットを落としていたことに気付いた。 お礼を言い、上着のポケットから落ちてしまったのか…とチケットを拾ってポケットに入れた時、気づいた。 鍵がない……。 (伏線を回収してしまった) この時点で全てが手遅れな事に、私は気づいてしまった。 あろうことか北海道に鍵を落としてきてしまったのだ。すべてがもう遅い。 時間帯はもう夜で、マンションに日中常駐している管理人さんはもう帰ってしまっているし、家の近くの鍵屋に駆け込むというわけにも行かない。 何より、明日も仕事なんですよ………………。 詰んだな、これ…。 食事も喉を通りそうになかったので、急いで帰路についた。 急いで家に帰ったが、私の住んでいるマンションの玄関は、オートロックの安心安全のセキュリティだ。 ダメ元で管理会社の(事件・事故・火災などの対応のため)夜間でも繋がる電話番号に連絡したが、案の定、「警備員を派遣して玄関のドアを開けることくらいしかできない、その警備員は部屋の合鍵は持っていない。派遣費用が別途かかります」みたいな返事だった。 ついでに鍵屋の電話番号を教えて貰えたので、これは安心安全な業者かな? と思ってホームページを見たら、ただの仲介業者だった。 24時間営業しているかのような書き方だったが、電話をかけてみた所、「本日は営業を終...

クソ商法への批判の是非

7月、8月と労働量がガッツリと増え、忙しくなってしまい、見事にブログの更新が止まっていました…。分かりやすい。 ちょこちょこと労働量を調整して貰いながら、なんとかやっております。 まだまだ暑いですし、体調にはお互いに気を付けましょう皆さま~。 本日は、タイトル通り、 オタク界隈に多い、【クソ商法】への批判の是非について語りたくなり、ブログの編集ページを開きました。 例によって長くなります!!! クソ商法とは? オタク界隈に存在している【クソ商法】とは、例として挙げると、 ソシャゲのガチャ商法 ブラインド式ランダムグッズ商法 CDに投票券がついてくる! 商法(いわゆる、AKB商法) 等のことです。 他にも色々実例はあると思いますが…。 (※ここに合わせて問題商法としてよく話題に上がる、 「投げ銭」≒「スーパーチャット」 については、今回は一旦ここからは外して語ろうと思います。  私自身がこの商法については考えがまとまっていません。また、"企業の"商法というよりは、個人対個人のお金のやり取りに近い印象を持っています…こちらについても色々と考えていきたいです) これらの商法は、 買い手の射幸心を煽るなどして、冷静な判断力を失わせ、お金を注ぎ込ませる 本来はくじやギャンブルであるものを、そう明示せずに販売する 本来は必要のないものや、本来必要な個数以上の商品を顧客に買わせようとする などの問題点を持っています。 そして、何故かこのような商法は、アニメ・ゲーム・漫画、それに隣接したアイドル界隈などの、「オタク」分野においてのみ当たり前の商法として存在しています。 クソ商法への批判の是非 話は戻りますが、私が今回語りたいのは「クソ商法への批判の是非」についてです。 私は基本的に、 この手のクソ商法についての 批判は存在すべき である 、という意見を持っています。 クソ商法なので、それはクソ商法である、という批判はされるべきである。単純ですね。 これらの批判や注意喚起には公益性があり、これらの批判が一切存在すべきではない、と考える人はおそらくほぼ居ないのでは? と思います。 (例えば、霊感商法やマルチ商法には気を付けよう、という注意喚起に公益性がある事は理解してもらいやすいと思います) ※勿論、「基本的に」ですので、例えば「誰もがクソ商法であると分かっているの...

FE風花雪月のダイマがしたい

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 北海道旅行の日記を書きたいな~、とか思いながら、 気がつけば早くも6月が終盤を迎えており、大変焦っております!!!! なぜなら、本日、2022年6月24日は、私が初出情報公開で「買おう!」と決めていたゲーム、 「ファイアーエムブレム風花雪月 無双」 の発売日なのです!!!! (以下、長いのでファイアーエムブレムを英語表記の頭文字から取って「FE」と略します) しかし!!! 発売日までにやりたいと思ってたことが全然出来てねえ!!!! そのやりたかったけど出来なかったことに、この無双の前提作品「FE風花雪月」を遊び倒したり、解釈語りを山ほどしておく、という願望がありました。 何故なら、スピンオフ続編を遊んでからだと、前提作品のみを純粋に楽しむことはできなくなるからだ…!!!! 私は好きな作品の解釈を文章にしたためるのが大好きですとも!!! (口調がどんどん暑苦しくなっていく…) この願望を消化するために、軽い作品の語りと、この作品でどうしても思いの丈を語っておきたいキャラについて、今のうちに書き残しておこう、と思いました。 今作のヒロインポジションの「エーデルガルト」というキャラについてです。 1.FE風花雪月のダイマというか語り この作品の筋書きを軽く紹介すると、 ファンタジー世界で傭兵稼業をしていた主人公が、 各国の未来ある若者や王族・貴族たちが集う士官学校の教師に任命され、 教師として担当する生徒たちと楽しい日々を過ごしていくが、 大陸中を巻き込む陰謀や戦争に否応なく関わって行く… みたいな話です。 私はこの作品で描かれているテーマ性や大好きで、 この世の差別問題や戦争の悲惨さを伝えたい…!!!  という情熱がめちゃくちゃ込められたゲームなのです…。 また、「ゲーム」という、自分がその世界に主体的に関われる媒体であることを活かし、「プレイヤーに悩ませる、考えさせる」作品です。 また、登場するキャラクターは皆活き活きと血肉が通った人間として描かれていて、彼らの悩みやそこからの成長を見守るのもとても楽しいです。 構造に目を向けさせるためなのか、「絶対的悪」や「絶対的正義」のキャラクターは出て来ません。 (なので私の絶対悪萌えには引っかかるキャラが居ないのだけど…) 物語はプレイヤーの行動や選択肢で展開や結末が変わっていきます。 同じ戦争の、侵略戦争の加害者側...

アカ分けと「愛され」の話

ツイッターをや っている上で、結構後悔している事がある。 それは、私にはアカウントを用途ごとに分ける癖があり、ツイッターのアカウントを 「ここしか自分のアカウントはありません」 という、シンプルな状態にしておかなかったことだ。 勿論、アカウントを分けることにも利点はある。 しかし、長年ツイッターをやるうちに、段々とアカウントを分けたことによる煩わしさや、自分の語りたい事を上手く語れないもどかしさなど、色々としんどさを感じるようになってきた。 アカウントを分けずに一つにすることのメリットは、以下のようなものが考えられる。 ・信用力が高い 長く運用したアカウントであることが目に見えるので、信用力が高い (逆に、誹謗中傷などを目的にした愚痴アカウント、新規作成のアカウントなどは、意見の重みが軽く見られやすい) ・人的資産を維持することができる 自然と、自分のツイート傾向や趣味などを理解してくれているフォロワーが残ってくれやすい (新規アカウントを作ることを繰り返していると、人との長い繋がりは持てないため、困った時に味方になってくれる人もいない) ・ツイート資産が積み立てられる 自分のツイートが資産として蓄積され、「過去の自分はこう考えていた」「昔からずっと私はこのような主張をしている」「私はこのような努力を今までして来た」「このように変化してきた」という履歴がツイートという形で残る (アカウントを短い期間で変更・投棄するなどを繰り返していると、連続した履歴は残らない) *** 私も アカウントを一つに統合して、「自分自身」としてやっていけないだろうか 、と考えては、「今さら無理ではないか?」と何度も悩んでいた。 ファン創作活動をしている私の別アカウントのフォロワーさんは政治や思想のツイートがお嫌いであったり、政治的主張が明らかに合わなかったりする。 そのため、別アカウントの友達に政治の話などをしながら好いて貰い続けることは、おそらく難しい。 今のアカウントは自分が自分の考えを深めるために使用しており、イラストが好きな人を遠ざける要素が多く、イラストを沢山の人に見て貰うのであれば、それ用のアカウントを作った方が良いだろう。 また、私はイラストでお金を稼ぐことにも興味があり、それを目標にするならば、より一層、自分のアカウントで政治主張などをすることは厳しく思える。 (勿論、政...

「言語化できるようになりたい」とは、どういう意味なのか

なんだかここ数年お若い方が「言語化できるようになりたい」とよく言うようになって、たぶん流行りみたいなものだと思うんですが、知的欲求の形が「知りたい」ではなく「語れるようになりたい」というアウトプットに向かうのは何かを象徴しているなと思う。 — ジロウ (@jiro6663) April 13, 2022 ツイッターでこのようなツイートを拝見した。 ツイートをされているのはジロウさん(中井 治郎さん)という方で、社会学者さんだ。 よく面白いツイート(特に京都に関するもの)がバズって回ってくる方というイメージで、印象に残っている。 私はこのツイートを見ながら、まず 「あぁ~そういう傾向あるよね!」 と共感した。 かくいう私も「言語化できるようになりたいな~」という願望を抱えたオタクだった。 ツイッターでのオタク界隈は、古の「おたく」のイメージに反して「言語化が苦手」という人が多く、そのため作品制作によって感情を発散したり、感情表現が大雑把で極端な物になったり、叫び声やミームに頼ってコミュニケーションを取る人が多い。 そういう人間が、自分の考えを代弁してくれるような明晰なツイートを見、自分と比較して気づくことが、 「そうか、自分には言語化能力がないんだな…!!!」 という事実であったりする。 そういう「流行の波」は、確かに今のツイッターにはあるのではないか? と私は考えた。 でも、それを学者の人が言うのって、 神絵師が、 「どうして絵が描けない人って「絵の描き方を知りたい」とか「絵が上手くなりたい」とかじゃなくて、「神絵師になりたい」って言うの???」 と言ってしまうような 、人のコンプレックスに右ストレートを打ち込むようなセリフじゃないですかぁ!? と、少しだけ私はドギマギした。 (※「神絵師」という表現を私はあまり肯定的に見ていないが、「憧れの対象」という文意を伝えやすいと思ったため、今回はそのまま使っている。ご了承いただきたい) 元・言語化苦手なオタクによる反発心が出てしまった。 実際には、このツイートによってコンプレックスを刺激される人は存分に刺激されて、その反発心を言語にしてみれば良いのだと思う。 前後のツイートなどを見る限り、ジロウさんの考えとしては 「言語化したい」というアウトプット欲求の前に、本来であれば「知りたい」というインプットの欲が存在しているは...

ネットリンチとは何なのか

私は二年ほど前までは、「オタク界隈は平和!!」と思っているごく普通の同人オタクでした。 普通というよりは、世間一般よりも自我が薄く、物を考えないタイプでした。 そのため、政治や差別問題にはとんと興味も知識もありませんでした。 そんな私が人権問題や政治に興味を持ち始めたのは、 ツイッターで 「ネットリンチ」 という概念を知ってからです。 「ネットリンチってなんだ!?!?!?!?!」 当時の私は本当にこう思いました。知らん横文字だ…と思いました。 かろうじて、オタクたちが 「学級会」 、一般的には 「炎上」 と呼ばれるような、誰かの問題のある行動をネットで吊るし上げて虐めるような行為のことをネットリンチと呼んで批判している人たちが居るのだと把握しました。 そういう人たちの主張を学びたい、理解したい、何が起こっているのかを知りたい、と思ったのが、私が人権問題に興味を持ち、物事を考えたり発表するようになったきっかけです。 二年前当時、重篤なレベルのネットリンチ被害に遭っておられる方がおり、日々その人への悪口が色々なアカウントから発信される、という状態が続いていました。 「同人マナー的に問題がある発言をしたら、当然批判されるし、私も当然批判する。それのどこがいけないのか?」 というのがおそらく、同人オタクに多い感性です。 しかし、個人個人がそうやって自分の思うままに誹謗中傷や批判をした結果、それがネットの力で個人では到底受け止められない・対応しきれない数になり、多大な心の傷をもたらしてしまいます。 それがネットリンチです。 ネットリンチによって木村花さんが自殺に追い込まれた事件は記憶に新しく、ネットリンチは容易に人を殺してしまうとわかります。 リンチとは、 私刑 という意味であり、法律による裁きではない、不当な裁きを指します。 法治国家である以上、相手に非があってもそれは法に照らし合わせて裁かれるべきであり、リンチは絶対にしてはいけないのです。 例え法的に問題がある事が起きても、それに対してネットリンチが加えられれば、裁判で言い渡される刑が減刑された、という事も、複数あるようです。 「家族も死刑」“ネットリンチ”が暴走事故の減刑理由に 被害者遺族「悲しく思っています」〈AERA〉  母子が亡くなった乗用車暴走事故で、受刑者はネット上で非難を浴びた。それは社会的制裁として考慮さ...